2010年1月に2兆3千億円の負債を抱えて倒産したJALは、政府からの度重なる依頼で無給で会長職を受託した稲盛和夫氏のリーダーシップにより、倒産翌期には1800億円の営業利益を出すという劇的な再建を果たしました。
この復活劇の経緯を大田嘉仁著「JALの奇跡」(致知出版社)より業務改善の切り口で解説したいと思います。
このJAL再建の舞台裏には稲森さんの力なしには語れないと思いますが、ここでは業務改善の事例として紹介するため、稲森さんに敬意を払いつつ、敢えて客観的な視点で書かせていただきます。
1. 再建着手時の課題
稲森さんらが再建に着手されたとき、JALの企業文化はマニュアル主体の合理化主義であり、全てのお客様に同じ品質のサービスを提供することを目指していました。1985年に起きた123便の墜落事故の後、安全第一の名のもとに採算度外視の過剰整備が行われていただけでなく、フライト日を基準に価格が変動したり、マイレージという仕組みがあったりと、複雑な運賃体系から正確な実績を出すのが難しいという理由で、数字による経営が行われていませんでした。
10%の営業利益目標に対して、現場は「航空業界の非常識」として反発し、経費削減においても、自分たちの既得権益を守ろうという考え方から、顧客サービスの削減から手を入れているような状況でした。
上記以外にもありますが、まとめると以下のような課題が存在していました。
- マニュアル重視による顧客サービスの平準化
- 安全を優先するための過剰整備
- 「数字による経営」という意識の欠如
- 「航空業界の常識」というバイアス
- 従業員の既得権益維持を優先
- 顧客サービスの経費削減を優先
これらの課題のうち、一番大きな課題はマニュアル重視の企業文化だと言えます。もちろん、数字による経営というのもとても大事なのですが、数字による経営は手段になりますので、正確な数字を集めることができなければ意味がなくなってしまいます。その点では、マニュアルにより自主的な行動が妨げられてしまっていることのほうが課題としては大きいのです。
更には航空業界の常識というバイアスも大きなリスクとなります。後述しますが、JALの場合、このバイアスがあっても現場の人たちが優秀であったがために素直に変革できたのですが、一般的にはこの業界の常識というバイアスは業務改善において大きな障壁となりえます。
2. 課題に対する対策
まずは、企業文化の変革から取り組みます。変革に先立ち、現場の人たちにも今までのやり方は間違っているという意識がありました。そこで、リーダーのあり方をきちんと伝えることで、変革できる組織に生まれ変わると考え、リーダーの育成から取り組みました。そして、稲森さんの真髄とも言えるフィロソフィの策定に取り掛かります。
このフィロソフィというのは、一般的に「哲学」とも言われますが、稲森さんが伝えるフィロソフィは企業の一員として正しいことを選択するための、誰もが素直に理解・吸収できる行動指針と言って良いと思います。このJALの一員としてあるべき姿は、育成したリーダーを始め、全ての従業員、ひいてはJALの制服を着る非正規雇用社員や委託先の社員にまで、横断的に徹底して教育しました。これにより、縦割りで分断された組織にフィロソフィという「JALの一員」としての共通意識が生まれたのです。
続けて経営者意識の醸成に着手します。こちらは、マニュアルに頼らず、一人ひとりが経営者意識を持つことにより、フィロソフィにもとづいて自らの意識で行動できるようにすることが目的です。加えて経費の見える化を実施することにより、一人ひとりがコストに対する意識を持つようになり、既得権益を守るという考えから危機を乗り越えるためにどうやったらコストを削減できるかという意識に変革することができました。
コスト削減の意識だけでなく、顧客サービスの向上を目指し、どうすれば売上を伸ばすことができるか?という意識も従業員全てに浸透したことで、稲森さんが提唱する「売上を最大に、経費を最小に」を実現できたのです。
まとめますと、フィロソフィにより、「自社としてすべきこと、正しいことはなにか?」が共通認識となり、リーダー層から意識改革を行うと同時に、縦割りだった組織に対し横断的に教育を実施していったため、他部門間における理解が進みました。今までは、他部門間の交流がなかったために、「自分たちの既得権益を守ること=損をしないこと」というネガティブな意識がありましたが、他部門に対する理解が深まるにつれて、お互いの苦労や努力も垣間見え、協力する意識が芽生えていったのだと考えます。
更に、会社としてマニュアルによるロボットでもできるような作業を強いられるのではなく、フィロソフィという企業の一員として、さらには一人の人としての行動指針を得ることにより、自らが判断をして動けるように、価値ある能力を手に入れることができたのであると思います。
3. 事例から見る、生き残る組織をつくるための3つの力
先に述べた、「生き残る組織をつくるために、備えるべき3つの力」がこのJAL再建の事例でどのように解釈できるかを見ていきましょう。
まず、一つ目の「未来を想像する力」ですが、再建不可能、二次破綻必死と言われた組織にも関わらず、日本の航空会社として競争関係を保つために、必ず世の中から必要とされるということだけでなく、優秀な従業員が集まっていて、企業文化を変革させれば再建も不可能ではないという信念が稲森さんはじめ再建に携わった方々にあったことだと思います。
二つ目の「変化に対応できる力」は、企業文化の変革を実施したことが挙げられますが、元々JALという組織にはその力が備わっていたと考えられます。そもそもマニュアル至上主義により、軍隊のように従うことが正しいという企業文化が染み付いていたところに、一人ひとりが経営マインドを持ち、企業の一員として正しいことを自らの判断で行えるよう導いていったことで、自然に変化していったように感じるからです。
筆者も他の航空会社の人たちと何度もお話したことがありますが、皆さん固定観念がなく、自分の意見が違っていても正しいことには素直に従うという印象がありました。航空業界という仕事柄、安全のためには努力を惜しまないという姿勢が「変化に対応できる力」を養っているのかもしれません。
最後は「危機を乗り越えようとする力」です。こちらは言うまでもないことかと思いますが、まずは正社員のみならず、非正規雇用社員、委託先の社員に至るまで、JAL関係者全員に対するフィロソフィ教育を徹底したことが挙げられます。これにより、組織の隅々にまでJALという企業の一員として何をすべきかが明確になり、文字通り全社一丸となって危機に対応できるインフラが築けました。
この危機を乗り越えるためのインフラが整うと、経費の見える化により、社員一人ひとりがコスト削減を意識するようになり、どうすれば顧客サービスの価値が向上するか、売上を上げるためにはどう行動すべきかなど、自発的に考えるようになります。一人ひとりの成果が仮に少なかったとしても、当時32,000人いた従業員全ての成果を集めると相当な金額になるはずです。
その結果、1年目には1800億円、2年目には2000億円という営業利益を生み出し、2012年9月19日に再上場を果たしたのです。
しかしながら、2020年からの新型コロナウィルス蔓延の影響で、2021年3月期の決算では再上場以来の赤字に転落。企業文化は時間が経つにつれて形骸化し、良い状態を保つことが難しくなってきます。常に業務改善を意識し、変革・改善の火を絶やさないことが重要です。
JALも不可能だと言われた再建を実現し、変革・改善の火種は残っており、まだまだ成長は見込めるはずです。再建のときの初心を忘れず、企業復活のレジェンドとして、今回のコロナ禍における危機も乗り越えて欲しいと思います。
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